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アメリカで免停などで車に乗れなくなったら死活問題。ところが、こんな制度があると知り、さすがアメリカと感じたものだ。例えば、飲酒運転などで捕まった場合、その分野を得意とする弁護士に依頼し、処理をすることが多い。詳細までは知らないが、検挙者が生活を維持するための最低の運転可能な区間を設定して、警察からその許可を取ると思われる。つまり、免停中もその許可された区間であれば、特別に運転ができるのである。その区間には会社、スーパー、病院など、必要最低限の場所と路線が明記される。勿論、その路線以外での運転はできない。アメリカで免許を取り上げられては生活が出来なくなり、更なる問題が出る可能性がある。それを防止するための合理的な措置と言える。
深夜、男性が運転中に知人と思われる車を見つけて、その後を追って走った。しばらくすると、前の車が停車して運転手が下りて来た。窓ガラスをコンコンとたたき、話しかけてきた男性は全くの別人で知人ではなかった。
なんと覆面の警察車両に乗った警察官だった。その警察官は尾行されていることに気づき、不審に思って停車したのだった。ここまでなら、何も問題は無い。
ところが、男性から酒の臭いがしたから事態は一変。直ぐに検査されてそのまま連行となった。30万円以下の罰金と2年間、免許が取れないというから悲劇。
この男性は覆面警察車両を知人の車と間違えて尾行した結果、検挙され、多額の罰金と免許まで無くした。もともと、酒を飲んで運転したことが間違いの始まりだが、自分から警察車両の後を尾行した行為が何とも不運。
親が宮崎の畜産農家で、他県の大学に通う女子大生のこと。口てい疫発生後、両親に電話して「大変なんでしょう? 大学、やめてもいいよ」と、言っているとのこと。涙を誘う話だ。こんなことがあっていいのか。畜産農家は売り上げの目処が断たれ、支払いと借金が残るだけ。廃業する農家が出てくるのも当然の話。こんな事態に行政が助けないでどうするのか。無利子の融資とか言ってるけど、更に借金を背負わせるのか。あきれてしまう。国益を考えた英断できる政治家はいないのか。
口蹄疫への対処に獣医が足りない。牛、豚に注射したり、殺処分にもかかわるため、他府県からの応援が必要な状態。今日、聞いたことは応援要請を受けた獣医さんに対して地元の人が言った言葉。「宮崎に行って欲しくない。」人間がキャリアーになり、ウイルスを地元に持ち帰る可能性もあるため、地元の人の言葉も理解できる。でも、専門医達が今、口蹄疫を封じ込めなければ宮崎だけの問題ではなくなる。
宮崎県内の一部の人達は汚染区域にいた種牛の殺処分を保留しているが、知事たちのこの判断は間違っている。今回の口蹄疫ウイルスを甘く見ているのではないか。目先の利益確保のために国を滅ぼすことにもなりかねない危険が潜むことを理解するべきだ。
宮崎の観光バス会社も大変な状態。口てい疫発生で、修学旅行やツアーのキャンセルが止まらない。「宮崎に行かないし、宮崎からのバスも来て欲しくない」らしい。宮崎市内のA社はキャンセルが80件ほどで、大手のB社は200件以上と聞いた。口てい疫の被害がさまざまな分野に出ている事実に危機を感じる。宮崎市内の主な道路には消毒液を染み込ませたマットが敷かれて、通過する全ての車のタイヤを消毒している。宮崎の農産物を積んで県外を走るトラックも風評被害の冷たい扱いをされていないか心配だ。
宮崎県は農畜産が主力の地域。多くの野菜が全国に出荷されている中、口てい疫が発生したため、その取引きに影響が出ていると聞いた。果実店から出荷された、今が旬の完熟マンゴーが返品されたらしい。その他の野菜類の扱いも宮崎産というだけで避けられていると言うから大変。明らかに風評被害だ。肉類でピンチの宮崎だからこそ、宮崎産の菜類類をもっと買って欲しいのが本音。マンゴーは多くの農家が大きな投資をして、生産量を増やしているので風評被害が出ては大損害となる。良識ある、落ち着いた行動をお願いしたい。
いよいよ宮崎市内でも口てい疫予防のための消毒が始まった。ホテルの入り口には消毒液を染み込ませたマットが敷かれ、マットを踏まないと中に入れない。駐車場の入り口にも同様のマットが敷かれて、その上を車が通過して駐車場へと進入。昨晩、口てい疫発生中の川南町を通った知人の乗用車は消毒ポイントで止められて、消毒液をかけられたと言う。発生地エリア近くでは全車消毒が実施されている。
1978年にロスで芸術家の家にホームステーしていた。ふと思い出し、検索してみると彼のHPを見つけた。マイケル・トッド氏で現在も活躍中と知り、嬉しく思う。彼の作品は鉄を使って日本の「生け花」を表現していると聞かされた。90年代、ロスにいた時、リトル東京で彼の作品を偶然に見つけた時は驚いた。アメリカ人の彼は日系女性と結婚し、当時は3歳の女の子がいた。奥さんは日系女性初の裁判官となり、新聞でも紹介されたことを思い出す。3歳の女の子はいい英語の勉強相手だった。学ぶことの方が殆どだったが、1つだけ私が彼女に教えた英語を今でも覚えている。それは彼女が 「Good, Goodder, Gooddest 」と言った時のこと。私がそれは「Good, Better , Best だよ」と、教えた。後にも先にもこれだけ。アメリカ人もこんな風に考えるんだと、妙に納得したものだ。
家のテレビはいまだにアナログ。2011年7月24日で映らなくなると画面にテロップが流れるが、本当に最後はどうなるのか見届けるまでは買い換える予定なし。今、使っている携帯はドコモのムーバで2012年3月31日で使えなくなる。ドコモに割り当てられた800メガの周波数の使用期限とのこと。最後までムーバを持ち続けたら何かいいことがあるとの噂を信じている。スマートフォンとか言うインターネットができる携帯を持つ人の前では私の携帯は出せない。買い替えの時期と2012年12月21日の地球滅亡の日が近いのも気になる。
ここ宮崎県で発生している口蹄疫は拡大の一途で、連日、感染場所が増え続けている。5月17日時点で126ケ所で発生し、殺処分の対象は約11万5000頭。車で移動していると消毒ポイントが随所にあり、今後、更に増やすという。消毒の対象は主にトラックと書かれているため、万全とは言えない。乗用車でも牧場に出入りしている車はあるが、自己申告制なので問題だ。私の車は関連場所には行かないので消毒の対象ではないが、もしかしたら私の車がウイルスのキャリヤーかも知れない。私の前を走っていた乗用車が消毒ポイントに入って行った。きっと関連施設に出入りしたのだろう。面倒だとごまかさずに自主的に消毒する姿勢を見て嬉しく思う。早期に全車消毒すべきだ。このままでは宮崎の畜産業は全滅の恐れがある。大きな決断を下す時期が来ている。
宮崎県で口蹄疫が発生して大変な事態になっている。我々が思う以上に非常事態なのではと、とても心配。権威ある専門家が大胆な対策を提言する時期ではないのか。
口蹄疫に汚染されていない国は口蹄疫清浄国として認定されている。清浄国は日本を含めて欧米の40カ国程度しかない。口蹄疫の清浄国以外からの肉・乳製品の移動は世界的に禁止。そのため清浄国でなく汚染国となると、経済的な打撃は大きい。
薄毛は損なことが多い。女性から嫌われる三要素「チビ、ハゲ、デブ」のひとつだし、とにかく老けて見られる。ちょっと頭をぶつけただけでもケガをするのもたまらない。冬場は寒いし、夏は汗がダラダラと流れ落ちる。髪の毛があれば少しは汗は止まるだろうが、伐採したハゲ山の洪水のように汗が流れ落ちるから大変。
先日、初対面の人と話をすることになった。私から見て相手は私よりも明らかに年上と思われた。ところが、彼の髪の毛はまるで私にけんかを仕掛けているかのようにフサフサ。しばらくして気付いたことは彼が私に対して敬語を使っている。多分、私の方が年上だと思ったためだろう。時々、こんな場面は経験する。
今回は私が年下だと切り出す機会がないまま会話を終えた。その会話の中で私の年齢はいくつだったのだろうか?悪い気はしなかったが、小さな罪を犯したような後ろめたさは残る。でも、敬語を使われると少しえらくなったような気もするからちょっと得したことになる。
色んな国の人達が英語をしゃべっているが、私にはインド人の話す英語が一番、聞き取りにくいし、苦労する。母国語のヒンディー語の影響が強いのだろうが、舌がからまったような話し方をするので、何とも聞き取りにくい。
彼らと話す時、私のヒアリングセンサーはMAXになる。今日、テレビでインド人の話す英語を聞いて、まさに「私の知っているインド人の英語と同じだ」と、思った。
英語がヘタな日本人が他国のことを言う立場にないが、色んな人たちがそれぞれのアクセントで英語を使ってコミニケーションするのは愉快でもある。
アメリカで、もしホームレスの人がレストランに来て飲み物を要求した場合、店側は水を出さないといけない。相手が汚い、見苦しいからと言って、何も出さずに追い出すことは法的に問題があると聞いた。さすが、弱者に寛大なアメリカだ。
実際、ファーストフード店で水を出すシーンを見たことがある。持ち込んだ紙コップに水を入れてもらった彼は「Thank you」と、言って直ぐに出て行った。生きるための最低の措置として、水の提供は人権上の義務となっているのだろう。
宮崎市内、繁華街近くの路上で深夜、イタチが出て来て、その数分後にタヌキが現れた。まるで何かの会合に行くかのように同じ方向に去って行った。
犬やネコなら分かるが、イタチとタヌキだからビックリ。どこから来て、どこで生活しているのだろう。
もしかしたら、彼らはグループの中で革命的、斬新的な存在なのかもしれない。昔、コロンブスが海の彼方に夢を抱いて航海に出た心境と同じように、動物達も美味しいエサを夢みて山から街に出て来たのかもしれない。
普天間基地の移転問題に関する民主党の対応を見て危機を感じる。戦略的に海面下で誰かが動いているの?と、疑問さえ覚える。報道を見る限り、何とも薄っぺらで行き当たりばったりのゴテゴテ続きだ。そもそも最初から可能性が極めて低い県外移設を調子に乗った鳩山総理が軽々しく公言したことが発端。また、彼の発言を改めさせようとする雰囲気が当時のイケイケムードの民主党に無かったのが悲劇を推し進めた。沖縄基地問題をあまりに軽率に扱ってしまった鳩山さんに大きな責任はあるし、彼の暴走を許した民主党や連立与党も同罪。それに最も悪いのは平和ボケして傍観している我々国民かもしれない。鳩山さんは5月に入ってからも、5月末に結着すると言っているが、これは単に意地を張っているとしか思えない。しかもかなり危険な意地を国のトップが張っている。防衛に関することだけに恐怖すら覚える。映画なら最後に大逆転があり、Happy Endだろうが、鳩山さんがそれをすると言うのか?
世の中には年齢に関係なく、ものごとを知らない人がいる。そんな人と2人きりになった時の会話は大きく2つに分かれる。私が一方的に何か話すか、沈黙の時を過ごすかのどちらか。ものごとを知らなくても、関心を持ち、聞く姿勢がある人は全く問題ないし、話す方も情報を提供する喜びもある。最悪なのはものごとを知らず、相手の話にも関心も示さない態度の人だ。この種の人との会話は続かないし、面白くない。先日の人は後者のタイプで苦痛な時間を過ごす結果となった。余計なことだが、この人は家族の中でどんな存在なのだろうかと思ってしまう。頼られているとは考えにくい。でも、私の知らない素晴らしい部分があるのだろうから、限られた一面だけで判断するのは失礼だ。もしかしたら、単に私が嫌われていただけかもしれない・・・
洋式トイレの水を流すレバーは用を足した後の手で直接、触るからかなり不潔と思いきやこんな記事を見つけた。
トイレのレバーよりも台所の方が不潔。
●基準値を超える大腸菌の検出:
トイレのレバー: 15%
台所の蛇口 : 14%
●肺炎を引き起こす危険性のある黄色ブドウ球菌
トイレのレバー: 6%
台所の蛇口 : 8%
メキシコのスーパーマーケットで買い物をするとレジの後で学校の制服を着たままの小学生が袋詰めをしてくれる時がある。前の人達を見ていると小銭のチップを彼らに渡しているので、私も見習って渡す。彼らはアルバイトなのだろうか?あえて制服を着ているので学校の許可をもらっているのだろう。
ロス市内で知人が人身事故を起こした。私は助手席に座っていて、彼と話をしていたので責任も感じる。横断歩道を渡っていた20代の女性をはねてしまったのだ。幸い軽傷のようで意識はあるが、彼女は驚きで泣いている。歩道上で寝たままの彼女の頭を私の膝に乗せて何とか落ち着かせる。知人の運転手は真っ青。
直ぐに救急車が到着し、彼らにバトンタッチする。彼らの落ち着いた態度と発せられた言葉に驚いた。彼女の名前を確認した後、現在、彼女がどんな状況にあるかを説明し、理解しているかを確認する。その時点で彼女には一切、触れていない。
「私が今からあなを救急車に乗せて病院に連れて行きますが、それを希望しますか?」当たり前だろと思ったが、アメリカ式なのだろう。へたに触れたら訴えられる可能性もあると言う。
加入していた保険会社に電話して事故の発生を伝える。担当者は慣れた口調で我々から情報を聞き取り、
「No problem. 後は我々の仕事ですから心配はいりません。今後、一切、被害者とのコミニケーションは控えてください。病院に花を届ける程度ならかまいません。」
この言葉にアメリカ式を痛感。我々が日本式にペコペコ謝ったら、不利になり、支払う保険金にも影響するのかもしれない。幸い、今回の事故は訴訟にも至らずに解決した。
アリゾナで近視矯正手術を受けてから15年が経過。1995年当時は今のようなレーシック手術はとても高価でRK(角膜切開法)と呼ばれ、メスを使って角膜を切る手術が主流だった。
その頃、アリゾナ州ユマに住んでいてテレビCMで近視を治す手術の説明会が市内であることを知り出かけた。ホテルの一室でフェニックスから来た医師がスライドを用いて概要説明。その医師はオリンピックの水泳選手だったと言う。何とか英語での説明の60%程度は理解できただろうか。当然、外国人は私だけで周囲は地元の人達。手術希望の申込書に名前を書き、家に帰った。
その後、年末の休みを利用してフェニックスに1人で車で行き、手術を受けることにした。もし、失敗したらと考えると不安でたまらないが、期待の方がはるかに大きい。清水の舞台から飛び降りる気持ちでクリニックの承諾書にサインした。「この手術の歴史は浅いため、将来のことは何も補償できない」という文章が最後まで気になった。
無事に手術を終え、目を開けるとぼやけてはいるがメガネ無しで見える。その日は近くのモーテルに泊まり、翌日の午後にはユマに向けて車を4時間、走らせて帰った。勿論、自分の運転である。メガネ無しで見る20年ぶりの世界に感動の日が続いた。視力は0.05から0.7程度になった。費用は両目で$1,800程度。
2000年に帰国後、最初の運転免許証の更新は2005年にネット上で行うことができて、「さすがアメリカ」と思った。手数料は20数ドルをクレジットカードから支払うことで、無事に5年間の更新ができた。おかげで2005年に出張でロスに立ち寄った際に役立った。
その後、2010年4月が期限なので、住所を借りているロスの知人に更新に関する書類が来ていないか聞くと、確かに更新のための通知が来ており、目の検査と指紋が必要で出向く必要があるとのこと。
残念ながら2回連続はネット上では出来ないようだ。何かと便利で想い出深いアメリカの免許証を手放したくないが、仕方ない。だんだんとアメリカと距離ができて行く。帰国して10年だから無理もない。
メキシコの免許証はまだ有効。
地方都市のスーパーでもアボカドは売られる時代なので宮崎でもアボカドは手に入る。普段、「あるな」程度で無視していたが、今日はアボカドのラベルと目が合った。
小さくPRODUCT OF MEXICOと書かれてあり、mario sanとあるのでマリオさんの農園で収穫されたのだろう。
手に取り、メキシコ人がするように軽く握ってみるとやわらかさを感じたので直ぐに食べられると判断し1ケ98円で購入。
アボカドを食べるのは久し振りだ。半分に切り、中の種をくり抜いた後にわさび&しょう油を入れてスプーンで食べる。美味い!
部屋に流した音楽はこんな感じ。90年代にヒットした曲。
映画を観ていると偶然に出会うシーンが良くある。私の人生にも映画の1/10でいいからそんな偶然が欲しいものだ。そしたら色んな意味で楽しいだろう。でも待てよ。その分、トラブルが起きる可能性も増えると考えるべきか?結局、今のままがいいのかもしれないが、人生にスパイスが欲しいと最近、思う。地元でずっと生活している人が幼なじみや同級生と偶然、会ったりして懐かしい話をするシーンを見るとうらやましく思う。私の場合、大阪、アリゾナ、メキシコ、ロス、姫路、宮崎と移り住んでいるため、友達はバラバラ。それに同窓会名簿からはきっと行方不明者扱いかも。メールで何とかつながっている人たちを大切にしたいと思う。いつの日か映画のシーンを越える素敵な偶然に出会うべく育毛にハゲもう。